最高裁昭和42年7月18日判決
令和7年9月12日
令和版「民訴法」初学者用の入門レジュメ(判例紹介編)
捧 大地
<今回の学習>
【最判昭和42年7月18日(民集21巻6号1559頁〔百選6版77事件〕)の紹介】
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〜❶基準時後の事情変更(後遺症)/❷不法行為債権の消滅時効の起算点〜
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第1 本事案の争点
❶前訴判決の既判力が、後訴に及ぶか。
❷本件治療費を損害とするXの不法行為債権の消滅時効の起算点。
第2 事実の概要
1 事案
当時5歳であったX(原告・控訴人・被上告人)は、昭和28年12月、Y(被告・被控訴人・上告人)が所持管理していた硫酸入りのかめにぶつかり、硫酸を足部に浴びて火傷を負った。
その後の治療により、火傷自体は治癒したが、火傷の後遺症として現れた足関節の硬直(内反足)による運動機能障害については、症状の改善が見られず、本件事故から約1年10ヶ月が経過した頃、治療不能と診断され、治療が中止された。
昭和31年12月、Xは、本件事故は硫酸を安全に保管する義務を怠ったYの過失によるものとして、合計100万円(治療費20万円、慰謝料30万円、逸失利益50万円)の支払いを求める損害賠償請求事件(以下、「前訴」という。)を提起した。この前訴においては、控訴審の口頭弁論が昭和35年5月25日に終結し、慰謝料30万円のみが認容され、確定した(なお、前訴において治療費の請求が棄却されたのは、本件事故の医療費が生活保護法による医療扶助によったものであり、X及び親権者らが自ら支出したものではないと判断されたためであった。)。
ところがその後、Xの身体の成長に伴い、内反足の程度がますますひどくなり、ついには歩行に苦痛をきたすようになった。そこでXは、昭和36年7月から翌年2月にかけて、2回にわたり入院手術を受け、入院手術に要した治療費32万円(以下、「本件治療費」という。)の支払いを求めて、Yに対し、再び、不法行為に基づく損害賠償請求訴訟を提起した(以下、「後訴」という。)。
第3 最高裁判旨
◯ 主 文 ◯
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人Yの負担とする。
◯ 理 由 ◯
上告代理人石島泰、同鶴見祐策の上告理由第一点について。
一個の債権の一部についてのみ判決を求める旨を明示して訴が提起された場合には、訴訟物は、右債権の一部の存否のみであつて全部の存否ではなく、従つて、右一部の請求についての確定判決の既判力は残部の請求に及ばないと解するのが相当である(〔最判昭和37年8月10日、民集16巻8号1720頁参照〕)。ところで、記録によれば、所論の前訴(〔判決年月日略〕)における被上告人Xの請求は、被上告人X主張の本件不法行為により惹起された損害のうち、右前訴の最終口頭弁論期日たる同35年5月25日までに支出された治療費を損害として主張しその賠償を求めるものであるところ、本件訴訟における被上告人Xの請求は、前記の口頭弁論期日後にその主張のような経緯で再手術を受けることを余儀なくされるにいたつたと主張し、右治療に要した費用を損害としてその賠償を請求するものであることが明らかである。右の事実によれば、所論の前訴と本件訴訟とはそれぞれ訴訟物を異にするから、前訴の確定判決の既判力は本件訴訟に及ばないというべきであり、原判決に所論の違法は存しない。所論は、独自の見解に基づき原判決を非難するものであつて、採用することができない。
同第二、三点について。
原審の確定するところによれば、本件不法行為により被上告人Xが受傷した後における治療の経過は原判示のとおりであり、被上告人Xの右受傷による後遺症である右足の内反足に対しD医師のなした本件植皮手術が果して効果のある治療方法であるかどうかは、被上告人Xの受傷当時は勿論、その後内反足の症状が現われた後においても、医学的には必ずしも異論がなかつたわけではないというのである。ところで、被害者が不法行為に基づく損害の発生を知つた以上、その損害と牽連一体をなす損害であつて当時においてその発生を予見することが可能であつたものについては、すべて被害者においてその認識があつたものとして、民法724条所定の時効は前記損害の発生を知つた時から進行を始めるものと解すべきではあるが、本件の場合のように、受傷時から相当期間経過後に原判示の経緯で前記の後遺症が現われ、そのため受傷時においては医学的にも通常予想しえなかつたような治療方法が必要とされ、右治療のため費用を支出することを余儀なくされるにいたつた等、原審認定の事実関係のもとにおいては、後日その治療を受けるようになるまでは、右治療に要した費用すなわち損害については、同条所定の時効は進行しないものと解するのが相当である。けだし、このように解しなければ、被害者としては、たとい不法行為による受傷の事実を知つたとしても、当時においては未だ必要性の判明しない治療のための費用について、これを損害としてその賠償を請求するに由なく、ために損害賠償請求権の行使が事実上不可能なうちにその消滅時効が開始することとなつて、時効の起算点に関する特則である民法724条を設けた趣旨に反する結果を招来するにいたるからである。
このような見地に立つて本件を見れば、原審が、その認定した事実関係に基づき、前記の趣旨のもとに上告人Y主張の消滅時効は未だ完成していないと判断したのは正当であり、原判決に所論の違法は存しない。所論の実質は、ひつきよう、原審の認定にそわない事実を前提とし、独自の見解に基づき原審の前記判断を非難するものであつて、採用することができない。なお、記録によれば、本件植皮手術による治療費支払債務の弁済ないし右債務の負担による損害が被害者たる被上告人X以外の者に生じたとする所論については、原審においてその主張立証がなされていないから、この点に関する所論も採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
以 上
